こんにちは、あにゃごんです。
福祉の仕事をしながら、ブログを書いています。
最近、改めて思うことがあります。
音楽って、人を救うことがある。
もちろん、音楽で現実の問題が解決するわけではありません。
仕事の悩みが消えるわけでもないし、人間関係が突然うまくいくわけでもない。
それでも、どうにもならない気持ちを抱えたとき。
感情をどこへ持っていけばいいのかわからないとき。
頭の中で考えごとが止まらなくなったとき。
結論から言えば、音楽は現実を変えてはくれません。でも、現実を生きる自分の気持ちを少し変えてくれます。
悲しみを受け止める時間をつくってくれたり、反芻思考を弱めてくれたり、「今の自分はこんな気持ちだったのか」と気づかせてくれたりする。
そして、音楽の影響の受け方は人によって違います。
だからこそ、ある人にとっては単なるBGMでも、ある人にとっては「人生を支えてくれた存在」になるのだと思います。
高校時代のMDプレーヤーから始まり、浪人時代のMP3プレーヤー、福祉の仕事に就いた今に至るまで、私は何度も音楽に助けられてきました。
今日は、そんな「音楽が人に与える影響」について、自分の人生を振り返りながら書いてみようと思います。
高校時代、MDプレーヤーが心の避難所だった
10代の頃。
高校生だった私は、一時期、作曲にも没頭していました。
今振り返れば、悩みも多かった時期でした。
- いろいろな不安
- 将来への焦り
- 説明できないイライラ
- 耐えるしかない苦しさ
そんな日々を支えてくれたのが音楽でした。
通学途中、いつもMDプレーヤーを持ち歩いていました。
今の若い人からすると、「MDって何?」という話かもしれません。
CDでもない、カセットでもない。
時代の狭間で輝いていた、あの四角いメディアです。
あの頃の私は、音楽を聴きながら、自分の気持ちをなんとか整理していたのだと思います。
浪人時代と大学時代、MP3プレーヤーが手放せなかった
20代。
浪人時代。
MP3プレーヤーは生活必需品でした。
通学中も。
講義の合間の長い待ち時間も。
ひたすら音楽を聴いていました。
「音楽がないと不安だ。」
本気でそう思っていました。
大学へ入学してからも同じでした。
何も耳に入っていない状態は、私には世界が少し残酷に感じられました。
世の中の雑音。
周囲の話し声。
頭の中に入り込んでくる雑念。
あまりにも無加工な現実。
私には、それが耐えがたかったのです。
だから、MP3プレーヤーを忘れたり、充電が切れそうになったりすると不安になりました。
実際、大学の講義レポートで、そのことを書いたこともあります。
「音楽がないと不安になる。」
そんなことを、真面目に書いていました。
いったい、どんなテーマのレポートだったら、そんな内容を書けたのか。
今では思い出せません。
福祉の仕事とともに、音楽から少し離れた
その後、クリニックへ就職しました。
福祉の仕事を始めてから、不思議と音楽を聴く時間は減っていきました。
むしろ、ゲームをすることの方が増えた気がします。
音楽を聴く余裕すらなかったのかもしれません。
カラオケも近くになかった。
お金にも余裕がなかった。
生活を回すだけで精一杯だったのだと思います。
そして就職して2年ほど経った頃。
私は消えてしまいたくなるほどの挫折感を抱えていました。
自分には価値がない。
何もできない。
そんな気持ちの真っただ中で転職しました。
転職先の福祉法人では、「拾ってもらえた」と感じました。
助かった。
今までの職場が、いかに特殊だったのかも見えてきました。
けれど、人の悩みは終わりません。
救われても、また悩む。
満足しても、また上を求める。
不満も欲望も、際限がない。
その頃、どれくらい音楽を聴いていたのかは、あまり覚えていません。
ただ、大学時代ほど必要ではなくなっていました。
言葉で説明する仕事。
言葉で人と関わる仕事。
そんな毎日に慣れるにつれて、音楽のような理屈で説明しにくいものを、どこか軽く見るようになっていたのかもしれません。
「音楽に時間をかけても何にもならない。」
そんなふうに考えていた時期もありました。
生活を少し彩る存在。
音楽は、そのくらいの距離感になっていました。
再び、音楽が心に刺さった
再び音楽に救われたのは、もう一度転職して働くようになった頃でした。
福祉の現場で気持ちをすり減らし、やり場のない思いを抱えたまま、車で帰宅する時間。
- どうしようもない悲しさ
- 怒り
- 悔しさ
- 無力感
そんな気持ちに、音楽が刺さりました。
ずっと救ってくれるわけではありません。
万能薬でもありません。
でも、一時的に支えてくれる。
「あと少し頑張ろう。」
そう思わせてくれる存在でした。
今の私を救っているのも、やっぱり音楽だった
そして、また年月が過ぎました。
今の私は、両耳にBluetoothイヤホンをつけて音楽を聴く時間に、とても救われています。
仕事の移動中。
通勤時間。
帰宅時間。
やり場のない気持ちを、音楽が撫でてくれる。
現実とは少し違う場所へ連れて行ってくれる。
家にいる時間でさえ、いつも安心できるとは限りません。
頭の中のノイズは、ふとやってくる。
そんなとき。
妻には少し申し訳ない気持ちもあります。
それでも、音楽は耳を助け、脳を助け、安心感を与えてくれます。
そして何より。
音楽は、頭の中で堂々巡りを続ける反芻思考を、少しだけ堰き止めてくれます。
「あのとき、ああ言えばよかった。」
「本当にあれでよかったのか。」
「次はどうなるんだろう。」
そんな終わらない考えごとから、少し距離を置かせてくれるのです。
音楽が人に与える影響は、とても個人的なもの
人生の悩み。
悲しさ。
未来への不安。
過去への懐かしさ。
音楽には、人の感情を動かす力があります。
ただ、その力は普遍的ではありません。
同じ曲でも、感じ方は人によって違います。
だから、
「この音楽には、こういう効果がある。」
とは言い切れません。
正確には、
「私は、この音楽を、この状況で聴いたときに、このような感情になった。」
という、とても個別具体な話でしかないのだと思います。
私は長い間、普遍化できない音楽の価値を低く見積もっていました。
でも、個別具体だから価値が低いわけではありません。
むしろ、個別具体だからこそ、その人にとってのインパクトは計り知れない。
私にとって、音楽はそういう存在でした。
ありがとう、音楽。
また戻ってきてくれて、ありがとう。
久しぶりだね。
そして、これからも、きっと助けてもらうと思います。


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