年末年始が問いかけてくるもの
まもなく年末年始を迎えます。
この時期は、文化的にも親族と集まったり、親しい人と会う機会が増えるものだと思います。
恋人・パートナーと過ごす人もいれば、友人や家族と再会する人もいる。
初詣に一緒に行く、なんて人たちも多いでしょう。
ただ、年末年始って
「あなたには親しい人がいますか?」
「あなたは愛されていますか?」
と問われているような、妙な圧力を感じる時期でもあります。
逆に言えば、そういう相手がいないと
「自分は寂しいやつなんじゃないか」
「一人ぼっちなんじゃないか」
と、自分で自分を追い詰めてしまうようなところもある。
年末年始の空気って、なんだかそういうところがあります。
いつからクリスマスは「恋人同士の日」になったんでしょう。
完全にマーケティングの成果だと思います。
バレンタインやホワイトデー、ハロウィン、恵方巻き……何でもイベント化して、そこに人を集める。そういう世の中なんだろうなと感じます。
我が家の年末年始:夫婦2人+猫1匹
我が家は、猫1匹と夫婦2人の生活です。
妻の実家が少し遠方にあるので、ほぼ毎年そちらに帰省します。
年末年始は「子どもがいない夫婦」が肩身の狭さを感じやすいタイミングでもありますよね。
子どものことを聞かれるんじゃないか、比べられるんじゃないか、親族の子どもを見ると気まずい……。
そういう思いから帰省を避けたくなる人がいるのも、自然なことだと思います。
幸い、私たちはこれまで親族から子どものことでプレッシャーを受けてきませんでした。
私のほうは「子どもはもたないかもしれないよ」と先に言い切っていたので、それ以上聞かれない雰囲気があります。
妻のほうは、そのうち聞かれるかもしれませんが……。
親族の子どもと会えば普通に可愛がりますし、別に私たちが子ども嫌いなわけではありません。ただ、他人の赤ちゃんを見て“かわいい”と言わなきゃいけない空気が苦手なんですよね。私は。
確かに可愛いけれど、あの「言わないと失礼」みたいな圧力がどうにも苦手。
きっと、子どもを持つことがどれだけ大変で、どれだけ嬉しいことなのかを知っている人ほど、周りが反応するのはマナーと捉え、感慨もあるのでしょう。
それはそれで自然なことだと思います。
本当は猫も連れて行きたい
私たちは毎年のように「猫を年末年始に連れて行けたらなぁ」と話しています。
だって、本当に可愛いんですよ。マジで。
親族にも見せたいし、可愛いって言ってもらいたい。完全に親バカです。
あ、こうした心理は、子どもを持つ親と同じなんでしょうか。
もし「猫をかわいいと言わないといけない圧」があったら……それはそれでごめんなさいね。
でも猫は環境の変化に弱いので、帰省には連れていきません。
今は自動トイレ・自動給餌器・自動給水器があるので、数日なら家でお留守番してもらっています。
Tapoの見守りカメラで様子を見ながら、私たちが寂しさを紛らわせています。
長期になるときは、ペットシッターさんに来てもらいます。
ペットホテルは慣れない環境で猫がストレスを感じやすいので避けています。
ちなみに、人間の子どもを同じように家に置き去りにしたら、そりゃ児童虐待になるわけで……。
猫だから許されている暮らし方なんですよね。
これは、私たちが今の生き方を選んだからこそ得られている “自由度の高さ” でもあります。
友人関係はどうしても変わっていく
昔はよく会えていた友人たちも、結婚し、子どもが生まれると会うタイミングが合わなくなり、どんどん疎遠になっていきます。
住む場所が変われば、なおさら。
年末年始に会おうとしてもスケジュールが合わない。
これはもう、よくあることなんだと思います。
年齢を重ねるほど、友人とのつながりは自然と遠のいて寂しさが増しやすくなる。
だからこそ、人は「自分たちの家族をつくる」という選択をするのだと思います。
それが子どもを持つという選択の大きなメリットのひとつかもしれません。
私たちのDINKS(仮)としての生き方
人はひとりでは生きられない。
寂しさをどう埋めるか、つながりをどうつくるかが生き方のテーマになる。
私たちはそれを「子どもを持つ」以外の選択肢でつくっている。
家族の形を、自分たちでデザインしている。
そこには別の努力と、調整能力が必要です。人間関係のね。
今の人間関係をメンテナンスする余力と、
新しい人間関係をつくる余白をもっていること。
これが、私たちのDINKS(仮)としての強みなのだと思います。


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