車を運転していて、
フロントガラスに鳥がぶつかる、
あるいは鳥が車にぶつかってきた
――いわゆるバードストライクを経験したあと、
「どうしてあんなに気持ちが沈むのだろう」と感じたことはありませんか。
事故としては小さく見えるかもしれません。
周囲からは「仕方ないよ」と言われることも多いでしょう。
それでも、
胸の奥に残る、あの重たい感覚。
この記事は、その感覚を抱えてしまう人に向けた話です。
(私自身のためでもある)
田舎道を走ると、避けられない現実がある
私は車をよく運転します。
妻と登山に出かけるときは、
高速道路や、自然の多い田舎道を走ることも少なくありません。
そうした道では、
カラスやトビといった鳥、
猫、たぬきなどの動物の死骸を目にすることがあります。
見慣れてしまえば平気になる人もいるでしょう。
でも私は、どうしても気持ちが沈んでしまう側です。
妻の体験|亀の死骸と「#9910」

出典:国土交通省HP
ある日、妻が話してくれました。
道路に亀の死骸があり、
それが数日間、同じ場所に放置されていたというのです。
見るたびに、いたたまれない気持ちになり、
「どうしたらいいのだろう」と調べた結果、
#9910(道路緊急ダイヤル)に連絡すればよいと知ったそうです。
連絡すると、
翌日には死骸は片づけられていました。
「連絡してよかったと思った」
妻はそう言っていました。
私の体験①|狸の死骸で、初めて#9910に連絡した
その話を聞いてしばらくした頃、
私も同じような場面に出会いました。
往復する道の途中で、
行きに狸の死骸を見つけ、
帰りにもまだそのまま残っていました。
「今度は自分が連絡しよう」
人生で初めて#9910に電話をしました。
Googleマップを見ながら、
・どの道路か
・どちらの車線か
・目印になる建物は何か
そうした質問に答えました。
「その場に留まらなくて大丈夫です」
そう言われ、電話は終わりました。
正直、少しだけ救われた気がしました。
私の体験②|フロントガラスに鳥がぶつかった日
別の日、車を運転していたときのことです。
おそらく雀でした。
突然、フロントガラスに鳥がぶつかり、
そのまま道路に転がってしまいました。
私は車を止め、戻りました。
道路の真ん中に横たわる雀を手に取りましたが、
動く気配はありません。
亡くなっているのか、気絶しているのか、わからない。
どうすればいいのか、判断がつきませんでした。
「生きているかもしれない」という可能性にすがった
ネットで調べると、脳しんとうの可能性があるという情報を目にしました。
私は雀をそっと道端に置きました。
「気絶しているだけかもしれない」
その可能性を、捨てきれなかったからです。
埋葬する決断もできませんでした。
結局、何もできなかったのです。
翌日、見た光景と後悔
翌日、気になってその道を通りました。
雀がいた場所には、
虫がたかっていました。
亡くなっていたのだと、わかりました。
「自分の判断は正しかったのか」
その思いが、あとから強く押し寄せてきました。
人によって違う、命の受け止め方
この話を妻にすると、
妻も悲しそうな顔をします。
同じように、命に思いを馳せる人です。
一方で、同僚に話したときは反応が違いました。
その同僚は普段とても優しく、
私の話も共感的に聞いてくれる人です。
それでも、
「そうか、大変だったな」
という、どこかドライな受け止め方でした。
それも、ひとつの優しさだったのだと思います。
私が罪悪感に押しつぶされないように、
距離を取ってくれたのかもしれません。
猫と暮らして、変わった感覚
私は猫と暮らしています。
だから、猫に似たシルエットの動物、
たぬきや猫の死骸を見ると、
どうしても強く感情が動きます。
昔からそうだったわけではありません。
一緒に暮らす存在ができて、初めて変わった感覚です。
我が家の猫は、私にとって家族です。
そうなると、
猫という存在全体が、どこか「身内」に感じられる。
だから、悲しくなる。
命の営みを、大きく見れば
一方で、こうも考えます。
その動物が亡くなったことで、
救われた命もあるかもしれない。
死骸にはカラスが寄り、
微生物や虫が集まり、
別の命がつながっていく。
そこにあるのは、善悪ではなく、命の営みです。
良い・悪いを決めているのは、
人間の尺度にすぎません。
矛盾だらけの人間の暮らし
私は肉を食べます。
「鶏はかわいい」と思いながら、
鶏肉を健康に良いと言って食べます。
矛盾していると感じます。
でも、
では肉を食べなければ正しいのか。
特定の動物だけが特別なのか。
考え始めると、線引きはできません。
だから私は、
せめて「いただきます」と口にします。
それは作ってくれた妻への感謝であり、
命への敬意だと思っています。
考えすぎる自分との付き合い方
私は、考えすぎる人間です。
誰もが同じように感じるわけではない。
それも、わかっています。
だから、全部を背負おうとはしません。
ただ、悲しくなる自分を否定しない。
妻が共感してくれることには、
心から感謝しています。
まとめ|悲しくなるあなたは、おかしくない
フロントガラスに鳥がぶつかる。
鳥が車にぶつかってきた。
いわゆるバードストライクのあとに残る気持ちは、人それぞれ。
悲しくなる人もいれば、
すぐに切り替えられる人もいる。
どちらも、間違いではないでしょう。
もしあなたが、
「なぜこんなに引きずるのだろう」と思ったなら、
それは命を感じ取れる感性があるということです。
自分自身に向けた言葉でもありますが、
その感覚は、
決して悪いものではないと、私は思っています。
あなただけではない。
私も同じように、気持ちが沈み、傷ついています。
ともに、悲しんでくださると、救われます。
お読みいただき、ありがとうございました。


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